「Frohliche Weihnachten」
〜神が救い主を地上へ贈られた夜〜






いつも昼の日中からやってくる連中が、今日は珍しく来ねえなぁなどと波児が思ったのは、もう夕方だった。
まあ、彼らもとうとう家持ちになり、そうそうここで時間潰す必要もなくなったワケだから、それも至極当たり前のことなのだが。

それにまあ、来たら来たでツケは溜まるわ、うるさいわで、滅多にいい事などないんだがな。
しかし、そういうヤツらほど一日顔を見ないと妙に物足りないもんで…。
ま、それでも今日は年に一度のクリスマスだ。
まだ懐具合も温かいらしいから、どっかに遊びにでも行ったんだろう。
擦れちゃいるが(片方は国宝級にスれてないのだが)、まだまだ18のガキなんだからなー。

などと波児が考えつつ、グラスを磨く手を休め、微かに笑みを漏らすなり、カランといきなり店の扉が開かれた。
入ってきたのは、満面の笑顔の”国宝級”の方だ。
「わーい、波児さん、夏実ちゃーん、メリークリスマス!」
「わあ、銀ちゃんー! メリクリなのですー! 遅かったですねえ、今日はもう来ないのかなって思ってたんですよー」
「うん、今日はね、ちょっと一日お買い物しててさ! あのね、あのね〜! 聞いてよ、夏実ちゃん! なんとオレ、蛮ちゃんにクリスマスプレゼントもらっちゃったんだよ〜!」
「うわあ、すごい。よかったですねえ」
「”うわあ、すごい”たぁ、何だ! ついでに言っとくが、アレは別にクリスマスプレゼントってなもんじゃねーぞ、コラ!」
銀次より遅れて入ってきた”擦れた”方が、カランとカウベルを鳴らすなり言う。
「だって! 前から欲しい欲しいっていってたけど買ってくれなくてさ。でも今日見に行って結局、”まー、クリスマスだし、しゃあねえか”って言ってくれたってことは、やっぱクリスマスプレゼントってことじゃないの!?」
「単純だっての」
「そう? でもま、いっか! オレ、すんごく嬉しいんだもん! 夏実ちゃんたちもまた見に来てね! そんじゃあ」
「は? おい、オマエら」
「はーい、また遊びに行きまーすv」
とっととそれだけ言って出ていく二人を呆然と見送った波児は、それに平然と笑顔で手を振る夏実を心底すごいと思う。
が、天然娘と天然オトコの会話は、大抵いつもこんな風だ。いい加減、慣れた。
時々、通訳の必要性を感じる時もあるのだが、それでも、それとべったり一緒にいるヤツはあまり不自由を感じていそうにもない。
それもまた奇妙で不思議だ。

――あの美堂蛮、がねえ。
世の中わからねえもんだ。

普段より多めにグラスを磨く波児が、我知らずと笑みを浮かべる。
今夜はまあ、さすがにこんな店でも、客も普段よりは多いだろう。
ヤツらにカウンターを陣取られてちゃ、商売上がったりだからな。
とっとと帰ってくれて、まあ助かったというところだ。


――あったけえクリスマスをな。蛮…。


その過去をよく知ってるだけに、願わずにはいられない。
まあ、今は願うまでもないが―。
さっきも、もう十分にあったまっているというような、そういう顔をしていた。

そんなことを思う波児の横で、夏実が今更ながらにうーんと首を傾げた。
「ところでマスター? 銀ちゃんが蛮さんから貰ったプレゼントって、いったい何だったんでしょうねえ?」
「―さあなぁ…」









「うわーんあったかいようv ねえ、蛮ちゃん、あったかいねえ」
「ったくテメーは、さっきからそればっかじゃねえか」
「だって、さあ。あったかいとなんかシアワセじゃんv」
「んなこたぁ、聞いてねえよ」
「わーん、あったかい。本当にありがとう、蛮ちゃん!」
「もうわかったってーの」
向かい側に坐る蛮に、銀次が頬を染めて布団にすりすりしながら、さも嬉しそうに言う。
「まあよ、これ買っちまったおかげで、ろくな食いもん買えなくなっちまったけどな」
「いいよ。オレ、これだけで幸せー! 食べものは今日食べたらなくなっちゃうけど、コレはずっと毎日あるんだもんv へへっv」
あまりの銀次の喜びように、さすがに蛮も眉を下げる。
まあ、さんざん渋ってはいたが、これだけ喜ぶ銀次が見られたんなら、まあヨシとするかという気にもなってしまう。
しかしまあ…。
蛮が呆れつつ、リビングを見回す。
犬のライトに始まって、部屋の隅にはいつのまにかゴロゴロとぬいぐるみが置かれるようになり、(女どもの、嫌がらせともいうべき贈り物のせいだ)、さらにはホームコタツとは。
この部屋には似合わねえってのとさんざん却下したが、結局は根負けした。
ソファとテーブルの置いてあったカーペットの上には、テーブルは取り払われ、正方形のコタツが鎮座している。
しかもソファはそのままだから、どうも見た目はおかしい。
玄関に近い方の使っていない和室に置くかと提案したが、それは嫌だと思わぬ抵抗にあった。
リビングに置いて、テレビを見ながらコタツに入ってみかんが食べたいらしい。
どこで、いったいそういう刷り込みをされたのか。
どちらかというと、シンプルで家具もあまり置かないすっきりした部屋に住みたい蛮は、どんどん所帯じみていく我が家にかなり辟易としているのだが、大分それにも麻痺してきたフシがある。
なんといってもコタツを挟んで正面に坐っている男は、牛のフードつきパジャマを着ているわ、その腕には夏実とレナから貰った巨大な恐竜のぬいぐるみを抱いているわで、もうそれだけで頭を抱えたくなるような光景なのだ。
まあ、その姿がなかなか愛くるしくて、意外なほど似合ってるから、いいと言えばいいのだが。
一応これでも、自分の仕事上の相棒で、しかも18歳の男なのだと思うと―。
いや。もうそれも、この際いいことにする。
細かいことにこだわっていれば、こんな野郎と暮らせるはずがない、と最近蛮は腹をくくった。
何でも来いや、とまさにそんな心境である。

―そもそも、このコタツが今ここにある経緯も、そんなところからだ。

前々から強請られては却下していたコタツの購入も、クリスマスの買い出しに出たらば、つい目に付いてしまった「現品限り・2割引」の文字に、銀次が「ケーキもチキンもローストビーフもいらないから、こたつ買って〜〜!」と駄々をこねたからで。
「いくつだ、テメーは!」とぼかっと殴りつけたものの、大きな駄々っ子は今日はそれにもめげなかった。

「ねえねえねえ! 現品限りって書いてるんでしょ! もうこれしかないんでしょ!」
「別にコレの在庫がねえってだけで、コタツすべてが売り切れってわけじゃねえだろが!」
「でもオレ、これがいいもん! お布団だってついてるし! ねえ、これ買って買って、蛮ちゃ〜〜ん!!」
「ああ、うるせえ! いらねーつったら、いらねえ!」
「ええ、どうして!? 買ってってば、ねえねえ!」
「買わねえっての!」
「ねえ、チキンとかケーキもいらないからさ!」
「んじゃ食うな」
「そん代わり、これ買って!」
「いらねー」
「なんでぇ? ケチ!」
「ケチで言ってんじゃねえ!」
「じゃあ何で!」
「置くとこねえだろが!」
「あるよ、テレビの前! テーブルどけちゃったらさ。ねえ、そしたら、テレビ見ながらもあったかいよ。ご飯食べる時も! それにさ、ぬくぬくして、みかん食べたりコーヒー飲んだりも出来るしさ。あったまって眠くなったら、一緒に寝……」
「? なんだよ」
「べ、別に…」
「なんだっての!」
「なんでもない!」
「…あー、テメー、今ヤラシイこと考えたろ」
「ちちちがうよ! 何言ってんの、蛮ちゃんでしょ、ソレは!!」
「だったら、なーんで真っ赤になってんだよ」
「なってないよ! じゃあ、なんで蛮ちゃんこそ、そんなにやにやしてんの!」
「べーつに」
「ぶー」
「ぶーたれんな!」
「…いいよ、もお」
「んだよ、いきなり」
「どうせ、駄目だって言うもん」
「あ?」
「もういいよ、オレ、帰っから」
「おい、銀次」
「いい! もうあきらめるから」
「こら待て」
「いいってば!」
「待てっつってんだろ!」
「いいって言ってんでしょ! ついてくんな!」
「”ついてくんな”たぁ、何だ! ”くんな”たぁ! 誰に向かって…!」
「だって! もういい、蛮ちゃんなんか…!」
「ベソかくな、みっともねえ」
「かいてないよ!」
「―ったく! ああもう、テメーは!」
「何、ちょっと離してよ!」
「ほれ」
「…え? お財布?」
「交渉して来いや」
「へ?」
「2割引きを3割引きにすんだったら、考えてやってもいいってな―」
「…蛮ちゃん?」
「おら、とっとと行って来い」
「だって…」
「現品限りなんだろ。さっさとしねぇと誰かに買われちまうぞ」
「――うん!!」


甘ぇなー。
…ったくよお。



そんなわけで、銀次は交渉に成功し、さらにはその「現品限り」を担いで帰ると言い出し、そこでまた一悶着あったものの。
結局、そのまま家に持ち帰り、リビングにセッティングして、その報告だけにわざわざホンキートンクにまた出かけた、とそういうわけなのだ。


そして自動的に、クリスマスディナーはハンバーガー一個とコーヒーで質素に済ませ、ケーキもチキンも無しになったが、それでも銀次は、猫がごろごろ喉を鳴らすようなしぐさでぺったりとコタツに懐いて幸せそうだ。
テーブルの上には、100円ショップで買った小さなツリー。
コタツの天板に顎を乗せ、マグカップとそう変わらない大きさのツリーを、頬を染めて飽きもせずに眺めている。
その顔が、なんだか、

『オレって、世界中で一番幸せだよね』

と言ってるようで、蛮はどこか奇妙に切ない気分になったりもした。
窓から僅かに覗くあの巨大な黒い城の中で、その両肩に担わせられるものの重さに押し潰されそうになっていた銀次が、今こうして自分の傍らでしあわせでいてくれる。
そのこと自体が、自分にとっては最大の幸福だ、と蛮が思う。
「あ、そうだ」
ふいに銀次が、ごそごそとコタツの中から何か取り出す。
そして、”ごめん、忘れてました”と言いながら、両手で大事そうに封筒を差し出した。
その封筒を、蛮が少し驚いた顔で右手に受け取り、どうせ出すタイミングを見計らっていたんだろうが?と、胸中でこっそり笑う。
「オレからのプレゼント」
言って、銀次がにっこりする。
いぶかしむように封筒を開くと、中には2つ折りになったカードが入っていた。
「クリスマスカードなのです」
「見りゃわかる」
「だって、蛮ちゃん。貰ったことないって言ってたから」
「そんでもクリスマスカードぐれぇ、知ってるっての」
―に、しても。
ホンキートンクからの帰りに立ち寄った店で、いつのまにか購入していたらしい。
小銭で、1000円くらいはいつも持たせているが(まさに子供の財布だ)、いつ支払いをしたのか気づかなかった。
「ごめんね、慌てて買ったから、ゆっくり選んでられなくってさ」
すまなそうに言う銀次に、別に絵なんぞ何でもいいさと笑んでカードを開く。
そこには、色とりどりのリボンをかけられ山積みにされたプレゼントを背景に、テーブルの上のキャンドルを、温かな表情をして囲む家族のイラストがあった。
思わず、無意識に微笑む。


――銀次らしい。
山のようなプレゼントより、家族で囲むあったかい火の方が、よっぽど贅沢なプレゼントってか?


フ…と眼を細めて裏を回し、はっと蛮が瞳を見開いた。
ミミズが這うような字とはよく言うが、まさにその表現がぴったり当てはまるようなそんな字で。
一生懸命なドイツ語が、そこに綴られていた。


「Frohliche Weihnachten!」


「へえ…。テメーでも、一応まともに書けてんじゃねーか」
「本当? そんであってる?? マリーアさんに教えてもらったんだけど、電話で聞いたからよくわかんなくて」
「ああ…。合ってる」
「よかったあ」
へへvと照れくさそうに笑う銀次に、蛮が眼を細めてそれを見つめる。
まったく。
相変わらず、可愛いことをしてくれる――。
ドイツ語の下には、これまたミミズが悶えているような日本語が、まるで小学生のような文章で綴られていた。



ドイツ語での、”メリークリスマス”
来年は、もっとじょうずに書けるように、もっと練習します。
その次の年には、もっともっと上手になるようにがんばります。
その次の年には、もっともっともっと上手になれるように、
努力します。
だから、いつかすごく上手に書けるようになったら、
オレをドイツにつれていってください。
約束だよ、蛮ちゃん!






――なぁにが、”約束だよ”だ。
勝手な事を抜かしやがって――。


胸中でこぼしつつ、心にあたたかいものが広がっていくのを感じる。
蛮は、口元に笑みを浮かべると、静かに目を閉じた。


「Frohliche Weihnachten」、か――




「―は、いいがよォ」
いきなり、ぱちっと目を開いて凄み出す蛮に、銀次が”ん?”と首を傾ける。
「はい?」
「言っとくがな! テメーにゃ、ドイツ語なんざ500年早ぇんだよ!」
「んあ?」
「先にな、日本語をしっかりマスターしろってんだ、ああ!? んだよ、この字は!!」
「え、だって、蛮ちゃん…って……。あ? ああああっ!」
「誰が”変”だ、誰が!!」
「おわあぁぁ――! 蛮ちゃんが”変”ちゃんになってる〜〜!! ごごごごめーん」
「ったく、テメーは!」
「うひゃー、”美堂変”だって! なんかアレだね、ちょっと笑えるっていうか、あはははは……!」
「笑ってんじゃねえ!! よくも人の名前をコケにしやがって〜! ンの野郎〜〜!!」
「だってドイツ語書くのに緊張しちゃってー! うああ、痛い痛い、やめってってば、ごめんなさい! 蛮ちゃ〜〜ん!」


銀次の後ろに蛮が素早く移動して、いつものように両手の拳でこめかみを思い切りぐりぐりやると、銀次が悲鳴を上げながらも大笑いする。
笑って暴れる身体を、背後から両足でホールドして。


やがて、ふざけ疲れたら、銀次はこのまま背中にいる蛮に甘えて凭れかかってくるだろう。
そうしたら背後から抱きしめて、一緒に脚だけコタツに突っ込んだまま、強請られるままにキスを落とし。
夢心地になったら、ほかほかにあったまった銀次の身体を抱いて、それから重なり合ってそのまま寝るのも悪くはない。

まあ、コタツもいいか。そういう意味じゃあな。
男二人でいちゃつくにゃ、ちっとばかり狭すぎるのが難点だがよ――。


ふざけて笑いつつ、ふと我に返って心中で思う。
温もりを銀次に与えてやりたいとそう思い、願い、一緒にいるようになってから。
いつから、オレはこんな風に笑うようになったよ?
それも、ごく自然に。いつのまにか、気がついたら。


予想に違えず、蛮の身体に背中から甘えて凭れてくる銀次の、その大きな琥珀の瞳を見下ろして。
蛮が、ふいにフ…と眼を細めて笑む。

「ん? どしたの?」
「…いいや、何でもねえ」

上から落とすように、そっと何か問いたそうな唇に口づける。
掠めるようなキスは、銀次が次を強請って蛮の首に腕を回し、首を持ち上げると同時に、次第に熱を帯びていく。
甘えてくる、しっとりとした唇に酔いしれながら、蛮は思っていた。




”神が救い主を地上へ贈られた夜”―か。




クリスマスなんざ、オレにゃ関係ねえ。


オレにとっちゃあ、そいつはな。
テメーがオレの元にやってきたあの夜が、まさしくそうだった。
誰がよこしたか知らねぇが、”救い主”は確かにオレの元へやってきた―。




――テメーがそうだ、銀次。
…ああ、間違いなく、な――。









end






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クリスマスだー!と慌ててがさがさと書いたので、なんだかひどくてごめんなさい!
それにしても、なんとかぎりぎりクリスマス中に間に合ってよかったです。あ、あと一時間だけど!!! ひゃー;;
ちなみにこれは「スウィート・ホーム・スウィート」の家持ちの二人です。
まだ書き上がってないのに、番外編を先に書くとは! なつきさん、ごめんなさーい(汗)
そして、さゆきさん! ご協力いっぱい感謝v ありがとね!
(フリー期間は終了しましたvv ありがとうございましたvv)